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2007.03.24

大阪高裁の判例

控訴審対策で図書館に出向いた際に、あらためて評価損についてCD-ROMで検索をしてみると、実は大阪高裁での判例が存在していたことが判明したので(大阪高判平5.4.15)、その内容を紹介してみることにする。

結論から言うと、この高裁判決は、評価損を認めなかった。


1. 本件においては、修理完了後も自動車の性能、外観等が事故前よりも劣ったまま元に戻らないことや、修理直後は従前通りの使用が可能であるとしても時の経過とともに使用上の不便および使用期間の短縮などの機能の低下が現れやすくなっていることを認めるに足りる証拠はない。

2. 証拠によれば、被害車両について日本自動車査定協会は平成3年4月24日を査定日として本件事故のための減価額が393,200円であることを証明していることが認められる。

3. しかし、証人の証言によれば、本件事故前に一審原告が被害車両を買い替える計画はなかったことが認められ、

4. また、近い将来に被害車両を転売する予定であること、その他、減価を現実の存在として評価するのを相当とする事情についての主張、立証はないから、このような減価があるとしても、それは潜在的・抽象的な価格の減少にとどまり、一審原告に同額の現実の損害が発生したものとは認め難い。

5. したがって、一審原告の評価損の主張は、採用することができない。

1は「技術上の評価損」(※「技術上の評価損」と「取引上の評価損」については以前の記事を参照)しか認めないので、それを立証しろ、ということだし、2では査定協会の減価額証明書の証拠価値をいちおう認めながらも、3、4においては、現実的に買い替える予定がないので、損害は現実的なものでないとして、結論として評価損を否認している。

もし私のケースでこの基準を適用すると、「技術上の評価損」についても買い替えの予定についても、まったく主張も立証もしていないので、完全にアウトである。

こういう例を見ると、たとえ私のケースにおいて東京高裁で評価損認容判決をもらったとしても、たいした意味はないのかなぁ、と思ってしまう。もちろん、それぞれの裁判官は独立した存在であり、高裁判決に法的な拘束力はないことは知っているのだが、高裁で逆転判決が出ることを恐れて下級審が一気に認容に向かうという現実的な効果があるのかな、と期待していたのだけども…

というのも、この大阪高裁での判決が出て以降も、管轄内の地裁・簡裁で、「取引上の評価損」について、「買い替えの予定」がない場合にも認める判決は多発しているのである。

まぁ、そうは言っても、高裁判決は、多くの地裁・簡裁判決よりもインパクトがあることは確かだろうから、その効果に少しは期待してもいいかな、と思う。

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2007.03.05

気がつけば1年

これまでの訴訟関連のイベントを時系列でまとめてみた。
早いもので、提訴してからもう1年…

2006.03.03 訴状提出(東京簡裁に少額訴訟として)
2006.04.12 第1回口頭弁論(東京簡裁)→東京地裁に通常訴訟として移送
2006.05.29 第1回口頭弁論(東京地裁)
2006.06.19 第1回弁論準備手続(東京地裁)
2006.07.14 第2回弁論準備手続(東京地裁)
2006.08.24 第3回弁論準備手続&第2回口頭弁論(東京地裁)
2006.09.25 第一審判決(東京地裁)
2006.10.06 控訴状提出
2006.12.05 第1回口頭弁論(東京高裁)+附帯控訴状提出
2007.01.18 第2回口頭弁論(東京高裁)
2007.02.15 第3回口頭弁論(東京高裁)
2007.03.02 和解勧告(東京高裁)
2007.04.12 控訴審判決(東京高裁)(予定)

こうしてまとめると、東京簡裁での第1回弁論のちょうど1年後の同日に判決なんですね。控訴審まで行った割には、案外早いというべきなのか。

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2007.03.04

判決の行方

しばらくして、三たび部屋に呼ばれたが、こんどは相手方弁護士も同席。

裁 「被控訴人は和解に応じるつもりがあるということでしたが、控訴人にその意思がないということで、今回で和解打ち切りということにいたしますが、それでよろしいですか?」

私 「はい、結構です」

裁 「では、もとの予定どおり、4月12日13時20分に判決を言い渡します」

というわけで、これで本当に終了。お疲れ様でした!(←自分に)。帰り際、相手方弁護士が「相当説得されたでしょう? よっぽど判決書きたくないんでしょうね〜」と声をかけてきた。ま、そういうことなんでしょうね。

さて、その判決の行方であるが、これまでの訴訟指揮のようすや、和解勧告の場で裁判長と話をした感触からしても、どうやら評価損は認容する方向のように思えるし、多少の金額の上積みも見込めるような気がしている。

いやぁ〜判決が楽しみになってきた。油断大敵? と言っても、もうやることはないので、あとは寝て待つだけですね。

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2007.03.03

食い下がる裁判長

相手方弁護士と入れ違いで、また私だけが呼ばれることとなった。

裁 「相手方は和解に応じる用意があるようなんですね。原審ではmitsさんも和解に応じる可能性を示しておられたようなんですが、今回はどうしてなんでしょうか」

私 「原審において、当初は確かにそうでしたが、その際の相手方の態度がかたくなだったので、それ以降はとことん裁判所の判断を求めることにしました」

裁 「この控訴審において、我々裁判所は、mitsさんの主張を理解しようと、追加の書証を提出いただくなどして、 原審より丁寧に審理をしました。100%ではないかもしれないですが、裁判官3人とも、mitsさんの主張を理解する方向なんですね。そういう状況ですから、相手方もかたくなな態度ではありません。こういう場合、通常は1回で和解打ち切りということにはしないものなのですが…」

私 「さきほど申し上げたように、もはや数万円のお金の問題で争っているのではありません。再度条件をうかがっても、私が和解に応じることはない以上、裁判所に時間を使っていただくのも心苦しいので、このまま打ち切っていただいて結構です」

裁 「やはり判断が欲しい、ということなんですね」

私 「そうです。この件は私だけの問題ではないと思っています。評価損に対する高等裁判所の判断を判決という形で示していただくことによって、全国の他のケースの指針となればいいな、と思ってます」

裁 「そうですか、わかりました」

てなわけで、言うべきことは言って、また退席。お金の問題でもなく私だけの問題でもない、なんて、格好いいなぁ〜(笑)

(つづく)

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2007.03.02

当然の和解拒否

Kousai先日お伝えしたとおり、既に弁論は終結したのだが、今日は形ばかりの和解交渉のため東京高裁に行ってきた。裁判所に来るのも、さすがにこれで最後だろうと思い、入口横の「東京高等裁判所」と書いた看板のところで記念撮影していたら(笑)、警備員が飛んできて、撮った写真を削除させられてしまった。中はともかく、外でもダメなのかねぇ…

そして、少し早めに着いたので、ロビーに置いてある「地裁刑事」の開廷表をしばらくぱらぱらと見て傍聴ネタを探していたら(今日は会社を休んでみたので)、険しい顔のオバさんがすごい勢いで隣にやってきて「いいですか!?」と言って、奪い取ろうとする。「いま私が見てるんですけど!」と言って拒否すると、なんと舌打ちされてしまった。被告人の関係者なのかねぇ。それにしても礼儀というものがあるでしょうに。

…という事件があったせいで、ちょっと気分がローになりつつ、15Fの書記官室に向かう。ほどなく先方の代理人弁護士も到着。軽く挨拶して雑誌を読んで待っていると、書記官がやってきて、まずは私だけが部屋に通された。

東京地裁とは大違いなゴージャスな雰囲気の応接室のような部屋に入ると、なんと濱野惺裁判長が待っていた。「受命裁判官」であった遠藤判事は「別件でばたばたしている」とのことで、裁判長みずから担当するらしい。なんだそりゃ。

以下、裁判長とのやりとり。

裁 「和解については、どうお考えですか?」

私 「先日の法廷で申し上げたとおり、和解に応じるつもりは全くありません」

裁 「相手方がmitsさんの請求に大部分応じたとしても、ダメということですか?」

私 「請求を認諾すれば、私の意向は関係なくなりますが、私の方から和解に応じることはありません」

裁 「認諾でなくても、たとえば、請求額から1万円を差し引いた額を相手方が認めてもダメですか?」

私 「お金の問題ではないので、応じません」

裁 「裁判所の判断が欲しい、ということですね」

私 「そうです。判決という形で、判断をしていただきたいと考えています」

裁 「では相手方の意向も聞いてみます」

ということで、ここで私はいったん退席。

(つづく)

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